ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.93]

プロフィール
開高健「新しい天体」

光文社文庫 2006年11月 第1刷(新潮文庫 1976年3月 第1刷)
単行本 潮出版社 1974年3月

   日本全国のありとあらゆる旨いものを調査せよと、相対的景気調査官なる役職を命じられた中央官庁のお役人。要は余った予算を使い切れとの上司からの命令に、モツの煮込みを皮切りに、タコ焼きを求めて兵庫県明石に赴き、大阪では屋台のドテ焼きを喰らい、名代のおでん屋でクジラのさえずりに舌鼓を打つ。松江宍道湖の精緻精妙なシラウオの次は、知床で北の海の男たちしか知らない豪快な珍味に出合う。
   十和田湖の清純でいなから滋味豊かなヒメマスと山菜の数々に感動し、鹿児島では老女将の作る酒ずしを夕に朝に心から酔い、味わう。「新しい天体」とはまさに綺羅星のような未知の味との遭遇のことなのだ。

   小生、実はこの小説、20数年も前に読んだことがあり、この本をガイドに「天体観測」に出かけたものだ。松坂の「和田金」では「濡れ濡れとした血紅色の薔薇のなかに白い脂肪が無数に精妙に枝わかれして走り、くねり、しみこみ、ふるえ、すみずみまで、核心まで、余すところなくレース模様を編んでいる」松坂牛を堪能した。スッポンの名店、京都の「大市」には行けなかったけれど、両国のとある和食店で「金色のスープの熱くて濃い潤味がチリレンゲのひとすくいごとにのど、胃、落ちていく道筋それぞれからひろがって全身にしみていく」のを体感した。

   極上絶品のグルメガイド小説である。ではあるが、今回読み返してみると、印象がちょっと違うのだ。開高健が修辞を尽くして書いた食べ物の数々は本当にどれもこれも美味そうで○シュランなんて足元にも及ばないが、これらの圧倒的な食の饗宴の表裏にある諸々が20数年を経て、とてつもなく気にかかる。即ち、食欲に寄り添うエロスの匂い、ユーモアと諧謔、喧騒と静謐、極論すれば生と死=エロスとタナトスがこの本に込められている。
   ○シュランなんて、読んでいる場合ではない。自分の舌、脳、体で、「新しい天体」を感じるのだ。もちろん、来年ももっと「新しい天体」に出会いたい。参考にするのは・・・・。

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