ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.94]

プロフィール
ロアルト・ダール/田村隆一訳「あなたに似た人」

ハヤカワ文庫 1976年4月 第1刷  原著“Someone Like You”1953年

   ボルドーワインの蘊蓄をめぐる男ふたりのやりとりは希少な銘柄当てとなり、かたや邸宅かたや美しい令嬢を賭ける大博打にエスカレートする「味」。夫から突然離婚を持ち出さされた妻が思いもかけぬ凶器で夫を殺害し、完全犯罪をもくろむ「おとなしい凶器」。ライターを10回続けて点火できるかという単純な賭けを若い男に提案する「南から来た男」の条件とは、若い男が勝てば自分所有のキャディラックをやり、負ければ若い男の小指を切り落としてもらうというものだった。ほか、全15作からなる奇妙な味わいの短編集。

   娘を賭けるなんてそんなことはしないし、人を殺すこともあり得ない。ヤクザじゃあるまいし、たとえ3億円もらえるとしても指を切り落とすなんて考えるだけで、寒気がする。「あなたに似た人」と言われると真っ向から否定したくなるが、しかし、この登場人物たちはどこか「私に似たひと」たちであることもまた否定できない。

   「わが愛しき妻よ、わが鳩よ」の主人公は、トランプゲームが大好きな中年夫婦。知り合った若夫婦を週末自宅に招待し、夜通しゲームをする算段。中年夫婦は若夫婦の寝室に盗聴器を仕掛け”お愉しみ”を期待するが、そこから聞こえてきたものとは若夫婦の悪だくみ。それを知った中年夫婦の行動とは?
   ロンドンに通勤する初老の紳士。毎日列車で顔を合わせるようになった見知らぬ男には、どこか見覚えがある。そうだ、数十年も昔、パブリックスクール時代に執拗ないじめにあった憎き先輩、「韋駄天のフォクスリィ」。大勢の乗客がいる中でその男に恥をかかせようと声をかけるが、その結末は?
   「毒」。寝ている間に毒蛇が、ベッドにもぐりこんできた。ちょっとでも噛まれたら死は免れないから、シーツごとはたき落とすなんてできない。パニック状態の中、友人が医者を呼んできた。シーツの間に麻酔薬を注射器で浸透させ、蛇を眠らせ、待つこと数十分。蛇はくたばったのか?

   主人公だけではない。相手役や脇役もみんな実は私たちに似ている。さて「あなたに似たひと」は?

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