ほとんど毎日、書店をのぞかないではいられない。だから、いつも平積みされた新着本には、興味がある。
ベストセラーは、無視できない。おめあての作家の新作は、いまかいまかと待ち望んでいる。
でも出版されて数十年、文庫化されて版を重ねて、いまだ読者を魅了するそんな本こそ見逃せない。
仕事や義務や義理ではなくて、ただ「何か読みたくなった」とき、心に引っ掛かった一冊を紹介します。
冷布亭氏からのご案内は、月に2回のお届け予定です。

[連載エッセイ No.96]

プロフィール
五木寛之「雨の日には車をみがいて」

角川文庫 1990年9月 第1刷  単行本1988年6月

   アルファ・ロメオやジャガー、ポルシェなど9台の自動車と9人の女をめぐる、いくつかの恋の物語だ。最近の著作やイメージからは想像しにくいが、五木寛之は若いころ、相当な自動車好きだったらしい。この本の「エピローグ風のあとがき」にも「ぼくは今でもこの物語の中に出てくる何台かの車を自分で走らせている。」と書いている。
   物語は、駆け出しの放送作家、コピーライターとおぼしき青年「ぼく」が主人公だ。第1話「たそがれ色のシムカ」は、1966年夏のはじめが設定で、その後、アルファ・ロメオ、ボルボ、BMWと乗りつぎ、第5話「翼よ!あれがパリの灯だ」でシトロエン2CVを手に入れるのは、「田中角栄という首相があらわれ(中略)、アンノン族という言葉をやたらと耳にし(中略)、ノーベル賞作家の川端康成がガス管を加えて自殺したり(中略)、連合赤軍のリンチ事件、浅間山荘事件なども記憶に残っている」時代であった。
   さらに、ジャガー、メルツェデス・ベンツと乗り継ぎ、第8話「時をパスするもの」でポルシェを駆って都内や関東近郊を颯爽と走りまわるのは、1970年代半ば。そして最終章の第9話「白樺のエンブレム」は、いきなり10数年の時が過ぎ、1980年代末のストックホルムが舞台だ。「ぼく」もルポライターに転身し、「かつての無鉄砲な二十代の若者ではない」。それでも20数年前に体験した感動を再現するべく、ロマンチックないたずらをする。

   若者の車離れが言われて久しい。1966年から1980年末と言えば、東京オリンピックが終わり、高度成長期から成熟期を迎え、バブル景気がはじける直前くらいだろうか。深刻な排ガス公害問題や自動車事故による死亡が毎年1万人以上を数える影の部分も見逃せないが、こんな物語が成立したのは、この時代が“車と日本人の幸せな時間”だったからに他ならない。
   生憎と今日の東京は雨どころか外は相当な雪模様だが、明日になったら小生も愛車を駆って、あの頃へドライブしよう。

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